超インドア人間の私がキャンプを始めた理由【なぜキャンプ? 妻編】

前回からの続きです。
夫婦で「面倒くさい」と思っていたはずのキャンプを始めた理由についてお話ししています。

私はインドア派の標本

私は超インドアな人間です。
小学生の神童時代と、20歳前後の一時期を除いて(この期間だけは例外で、別人のようにフットワークが軽く、国内外どこへでもひとりで出かけました)、積極的に外に出たいと思うことなく、ひきこもりがちに生きてきました。

趣味は読書、特技は書道とピアノ、スポーツ経験はほぼなし、外出すると頭痛がするというインドア人間の教科書に出てくる標本のような生き物です。

ひとりで家にいる時間が好きで、経験してきた仕事もデスクワークが多め。
夜更かしに耐性があり(むしろ夜中の方が生産性が上がる)、対外的なコミュケーションよりも単独で淡々とこなす制作などの作業を愛し、自主性もなく、太陽の光を欲さず、休日は夕方まで寝ていました。

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子どもが生まれてからは、さすがに生活リズムこそ整いましたが、インドア精神は変わらずに、夫が不在の時にひとりで子どもを連れて外出することはほとんどありませんでした。

産褥期は、こんなにひきこもった生活をしても誰にも文句を言われない素晴らしい時間だと感じており、外出しないでいることに罪悪感を持たなくてよいだけでなく、むしろこのインドア生活は、母親として生まれたての子どもを守る大事な選択なのだと都合よく解釈していました。

こんな私が、外出大好き! どこへ行くにも身軽! コミュニケーションおばけ! 太陽まぶしい昼間が大好き! チームプレーが得意! 体育会系! そして健康的な体と心の持ち主である夫と一緒に生活していることは、未だに深い謎なのですが、こんなに正反対の二人でも、面倒くさがり屋なところと、寂しがり屋なところが共通点のようで、子どもたちもその2点はもれなく受け継いでいます。

では、そんなインドアで自主性のない私が、なぜキャンプを楽しめているのでしょう。

ひと言で言うなら、「家族揃って一緒に居られる時間が嬉しいから」です。

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夫からキャンプの話が出た時の私は、面倒くさいという気持ちよりも、「キャンプに行く=その時間は家族みんなで過ごせる」という寂しがり屋の面が前のめり気味に出てきました。

というのも、子どもたちの成長は本当に早くて、この前生まれたと思ったらもう歩いて走って自分の意志でどんどん前に進んでいて、きっとあっという間に私から離れていくのだろうなと寂しい気持ちに襲われていたのです。

膝に乗ってくれるのはいつまでだろう、一緒の布団で寝てくれるのは、抱っこさせてもらえるのは、手を繋いでくれるのは、並んで歩いてもらえるのは、一緒にお出かけしてもらえるのは…きっと、あと数年だけ。

休みの日も、今は何も言わず私たちと過ごしてくれているけれど、小学校に上がったら、お友達と遊ぶ方が楽しくなって、自分たちで約束して帰ってくるようになる。
好きなスポーツと出会って、休日はそのチームで活動するようになる。
それが自然な成長だとわかってはいるけれど、寂しいなと思うのも事実。

家族が全員揃って過ごせる休日は、想像以上に貴重なのかもしれない。
子育てが落ち着いた時に、もっと一緒に過ごしたかったと後悔したくない。

…そう考えていたタイミングで、夫からキャンプの提案が。

私にはとても魅力的に思えて、思い切ってとか意を決してというよりも、「いい風が吹いてきたみたい。この流れに乗ってみよう」という気持ちでした。

その時はインドアとかアウトドアとかいうカテゴリーではなく、新しい子育てのヒントをもらって、次のステージに進んだような気持ちでキャンプというものを受け止めていました。

それと同時に、私は家族4人が揃う休日を、誰も欠けることなく過ごせることを、こんなに渇望していたのだと気づきました。
キャンプのある週は、夫が一緒にいる。ワンオペではない。家族がバラバラではない。寂しくない。
それが心の底から、とてもとても嬉しかったのです。

テントの中で娘と息子のオセロ対決。それを見守る夫。