【キャンプ場で何して遊ぶ?】子どもたちの想像力は海よりも深く広い

子どもは遊びの天才

キャンプ場に行く時、場内やその近くにアクティビティがある時は、そこで遊びます。
遊具やアスレチック、トレッキング、グランドゴルフ、夏なら川遊び、虫取りなども。
その地域の名所に寄り道してキャンプ場を目指すこともあります。

もちろん、シンプルなキャンプ場もあります。
森の中のサイト、山頂にあるサイト、ゆっくりと自然に親しむ贅沢なキャンプとなります。

キャンプを始めたばかりの頃は、子どもたちが退屈するかもしれないと思い、そのようなキャンプ場を避けがちでしたが、近頃は子どもたちも慣れてきて、何もないところでも何かしらの遊びを生み出し、ふたり楽しそうに笑い転げています。
むしろ何もない方が想像力が広がって、のびのびとしているような気がします。

子どもって遊びの天才だなぁと改めて感じています。

イモムシを観察する子どもたち
イモムシを観察する子どもたち

ペグやハンマーで発掘調査員の真似事をしてみたり。
「博士! こんなものが!」
「お…おおお! これは! △△の化石ではないか!」

テントの周りをぐるぐる回って、事件の聞き込みをする警察ごっこをしてみたり。
「このあたりで、こういう人を見かけませんでしたか? 特徴は…」
と私たちに聞き、何周も回ってお互いを追いかけ続けている。永遠に捕まらない。

ガイロープで崖登りをしてみたり。
「もう少しだ! 手を貸すから! さぁ!」
「あぁ…もう少しで届きそうだ!」

テントのそばでイモムシを見つけて観察した後、葉っぱでイモムシの家を作ってみたり。
ダンゴムシを捕まえて、ポールの端から入れ、反対側から出てくるのを待ってみたり。

使い終えたアルミ箔のケースを列車に見立てて、地面に線路を描き走らせてみたり。

…などなど、とにかく楽しそうです。

かと思えば、ごろりと大地に寝そべり、空を見上げて雲が何の形に見えるかを言い合っては、その物語の中に入り込み、役になりきってアテレコで会話をしていることもよくあります。

これは日常生活にもよくあり、食事中にふたりきりになったら、たいていそれぞれがおかずの何かになりきってアテレコで会話をしています。

それはきっと離乳食の頃に、子どもたちに色々な食材を食べて欲しかった私が、食べ物になりきって話しかけていたのを真似しているのだと思います。
(ピーマンくんが、「ぼくもたべられたいよー」など)

先日、ふたりがまだ小さかった時の動画が出てきて、大笑いしながら皆で鑑賞しました。
そんな頃はもう過ぎ去ってしまい、懐かしいばかりです。
渦中にいる時は大変さがクローズアップされがちですが、幸せな時間に違いありません。

ポールの中を進むダンゴムシを観察する子どもたち
ダンゴムシ、出て来たかな?

ふたり遊び、それを眺める喜び

今でこそ、子どもたちがふたりだけで遊んだり話し合ったりする様子は珍しいものではなくなりましたが、キャンプを始めた頃、まだ息子は2歳だったのでここまで上手に遊べていませんでした。

弟が生まれるまでの3年間、親の愛情を独り占めしてきた娘にとって、息子の誕生は必ずしもいい思いばかりではなかったはずで、小さな心を乱したり、痛めたり、泣きながら眠りにつく娘の姿に私の胸も締め付けられる日々でした。

夫の母にふたり育児の大変さを相談するも、
「そのうち子ども同士で遊ぶようになるから大丈夫よ~」と朗らかなアドバイス。
さすが4人を育て上げた貫禄。器の大きさ。

そんな日が来るとは、当時の私にはとても想像できず、娘にも息子にもちゃんと向き合ってあげることができていない中途半端な自分を情けなく思う毎日でした。

***

息子が1歳半を過ぎた頃でしょうか。
ある日、洗濯物が出来上がった音が鳴って、一瞬ふたりから目を離して洗面所へ向かった時でした。

ふたりだけのリビングから、何やらかわいい声が聞こえてきます。

耳をすますと、娘の問いかけに息子が答えている…!
思わず足音を忍ばせてリビングの様子を伺いに戻りました。
顔を寄せ合って会話をするその姿に目を奪われ、胸をぐっとつかまれたような強烈な感動が押し寄せてきました。

「これかぁ!」
お義母さん。我が家にも、その時がやってきました。

次第に子ども同士でのやりとりが増え、うまくいかないながらも、ふたりで遊ぶ様子も見られるようになりました。
娘が息子に何かを教えてあげたり、顔を覗き込んで手助けを申し出たり、息子から娘に向かって一生懸命主張していたり。

その頃から少しずつ、私の心にも余裕が生まれたように思います。
しばらくして、このふたりを連れてキャンプへ行くようになるのです。

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