寒い季節のキャンプの楽しみのひとつ、温泉。
知人は、温泉目当てでキャンプ場を選んでいるくらいです。
自然豊かな場所にあるキャンプ場のそばには、必然的によい温泉が湧いていることが多く、キャンプ場にシャワー設備がなくても、近くの温泉に行けばお風呂問題も解決します。
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寒くなくても、キャンプじゃなくても、温泉は嬉しいものです。
温泉では、夫と息子が男湯へ、私と娘が女湯へと男女別に離れ離れになるので「じゃぁ、後でね」と待ち合わせの雰囲気が生まれるのも特別感です。
息子は夫を、娘は私を独り占めして、少しだけですが一対一の時間を過ごすというのも貴重です。

ふたりとも同じように愛されていることを感じてほしい
きょうだいの子育てにおいて、私が一番気を遣っているのが、この部分です。
ふたりともがそれぞれに、それぞれの親から愛されていることを実感してほしい。
どちらかが、自分は愛されていないのではないかと感じたり、もうひとりを妬ましく思ったり、子どもたちがそのことで悩み苦しむことのないように…というのが私にとって子育ての永遠のテーマです。
初めての出産で娘に出会った時に「こんなに大切なものはたくさん持てない」と感じました。
「ひとりで充分。こんなにかわいい。この子ひとりを大切に育みたい。むしろそれ以上のキャパシティは自分にはない」と確信するほど、実際の子育てや生活は、娘ひとりで手一杯でした。
とても次の出産のことを考える余裕もなく、周りのママたちがふたり目を妊娠していく様子を、尊敬の眼差しで見つめるばかりでした。
それでも娘にきょうだいを…という気持ちが少しずつ芽生え、決意を持って息子を妊娠しましたが、妊娠中にも「目の前に今、こんなに大切な娘が既にいるというのに、欲張っているのではないか。これから生まれてくる子を娘と同じように愛せるだろうか。同じ感情でかわいがることができるだろうか。大切なものはひとつで充分なのではないか。」と不安でたまりませんでした。
しかし、そんなものは杞憂でした。
生まれてきてくれた息子はもちろんかわいかったし、娘の時と同じような気持ちで大切に思い、愛情を注ぐことができました。
充分に手が行き届かないこともありますが、どちらかに偏るような関わり方はせずに、ふたりを同じように愛していることを伝えてきたつもりです。
それでも、息子に手がかかる時期には、娘はよく寂しがっていました。
息子のお世話も娘の時と同じようなレベルでやってあげたい、でも娘のお世話もこれまでと同じレベルでやってあげたい…もちろん全部は無理なのですが、その思いが常にありました。
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「時々、ふたりきりの時間を作ってね。」
娘も、息子も、私にそう言います。
これまで、何度かふたりきりの時間を過ごしてきました。
それでも、わざわざそのためにどちらかひとりだけをどこかに預ける…というのも辛いので、自然な形でその時間を作ることができるというのが理想です。
例えば、娘が年齢の近い従妹からお泊りに誘われた夜。(女子会とのことで、息子は誘われなかった)
例えば、平日午前中にある息子の生活発表会の後。(娘は小学校に行っている時間帯)
そういう時間を駆使して、私を、夫を、またはその両方を独占する時間を作ります。

キャンプの温泉は、貴重な「ふたりきりの時間」
キャンプでの温泉も、大切な時間になっていると感じます。
息子は男湯だから夫とふたりきりの時間。
娘は女湯だから私とふたりきりの時間。
無理やりでなく作れる、それぞれのふたりきりの時間。
娘は特別何を話すというでもなく、ゆったりとお湯につかっていることが多いです。リラックスしている様子が嬉しい。
お互いに、他に気を取られず接することができるから、心に余裕も生まれて優しい時間が流れます。
時折男湯の方から息子の笑い声が聞こえて顔を見合わせたり、夜空を移動する飛行機の光を見つけて指さしたり。
先日は、並んで洗い場に座ってシャンプーをしていたら、私の使っているシャワーが超節水タイプで、5秒くらいしかお湯が続かないのを見て、「こっちのシャワーを使っていいよ」と娘がシャワーヘッドを差し出してくれました。よく見ている。
いつもは、子どもたちふたりをいっぺんに洗って慌ただしいお風呂タイムですが、温泉の時はゆっくり髪の毛を流してあげられます。
ドライヤーなどの湯上りのお世話を一対一ですることができるのも嬉しいです。
平日は息子のお世話がメインになりがちで娘に我慢を強いていることも多いので、この時だけは娘のことを優先して向き合いたい大切な時間です。
(ちなみに、平日は娘が息子の髪にドライヤーをかけてくれます。本当にありがとう。)
時々、家族風呂がある温泉に出会えることもあります。
全員で一緒に入ることができると、それはそれで子どもたちは喜びます。



