新型コロナウィルスの感染法上の分類が「5類」に引き下げられたのを受けて、長らく立ち入ることができなかった保育園の園舎内に足を踏み入れました。
2020年4月の緊急事態宣言前以来のことで、本当に久しぶりに、懐かしい気持ちで靴を脱ぎました。
この約3年間、保護者は悲しいくらいにシャットアウトされていたのですが、ゴールデンウィーク明けから突然コロナ禍以前のスタイルに戻り、保護者以上に混乱しているのが子どもたちのようです。
園舎内に、しかも教室の中に保護者がずかずかと入ってくる!
そして子どものロッカーを開けている!
ブロック遊びをしているそばに誰かの保護者がいる!
違和感しか抱けない状況の中で、ぽかーんとしたり動揺したりしている子どもたちを見ながら、以前はこれが当たり前だったはずなのに、何とも居心地の悪い送迎時間を過ごしています。
小さな子どもにとって3年間という時間は人生の半分以上なわけで、「以前はこれが当たり前だった」時の記憶はほとんどないのでしょう。
「戻った」ではなく、「変わった」という認識でいるのだと思います。
そんな中、息子も何とかこの変化を受け入れようとしている心の動きを感じます。
「え? ママも入ってくるの? いいの?」
「送迎時間を書く用紙が、園舎の中にあるから入るよー」
「そ、そうなんだ…」
「教室の中までくるの? ええー!」
「ロッカーの中に置いてある着替えだけチェックさせてほしい!(3年前のものがあるとしたらそれは恐怖!)」
「え~! ロッカーまで!」
そんなやりとりをしながら、久しぶりに朝の準備を一緒にしました。
別れる場所とタイミングがつかめず、お互いにお互いを送って行こうとしてぎこちない動きになり、思わず笑ってしまうふたり。
手を振り別れて、再び靴を履いて駐車場に向かいながら抱いたのは、「私が居なくても、もう自分ひとりで準備ができるんだな」という頼もしさと寂しさが混ざったような複雑な気持ちでした。
徐々にではなく、突然それを知らされたのでした。
コロナ禍前は、私と一緒に準備をしていました。自分のマークがついたタオル掛けにタオルを掛けたり、ロッカーに着替えを入れたり、トイレに行ったり。当時は娘も保育園児だったので、3人でそれぞれの教室を行き来して賑やかに朝夕の準備時間を過ごしていたものです。
しかし考えてみれば息子はもう年長組。
この3年間自分でやってきたのに、いきなり私が加わったところで、助かるどころかむしろ邪魔(と感じました)。彼には彼のペースや順序があるのです。
「ママ、明日も教室の中に入るの?」
「もうロッカーの着替えもチェックしたし、□□くんは自分で準備できるし、入ってほしくなかったら入らないよ。」
「ふうん。じゃぁ、教室の中に入るのは、一日置きにしてほしいよ…」
一日置き。
素敵な言葉をご存じですね。
すっかり成長した息子にとって、自分でできる準備を母親が手伝うことは煩わしく、その様子をクラスのお友達に見られることも恥ずかしいのでしょう。
それでも、拒絶してしまうと私が悲しむのではないかと心配しているのでしょう。
翌朝目が覚めると、布団の中で目を伏せたまま息子はこう言いました。
「ママ、おはよう。やっぱり今日も教室の中に入らないでほしい気がする…」
きっとモヤモヤしたまま眠りについた昨夜、言いたくても言えなくて燻っていた気持ちがあったのですね。思いつめて夢にまで出て来たのか、寝ぼけ眼の第一声の切なさよ。
息子の気持ちを汲んで、それからは教室の中には入らずに廊下で手を振って別れることにしました。
「もう、ここで大丈夫だから!」という声が聞こえそうなほど、息子はぶんぶん手を振って私を見送り、そそくさと教室に入っていきます。
お迎え時も顔だけ見せて、廊下で待つことにしました。
保育士の先生は「どうぞ中に入ってください」と言ってくださるのですが、息子がそれは困る! といった風に慌ててかばんを持って走って出てきます。
その姿に毎朝毎夕笑ってしまいながら、「あぁ、こうやって親の手を少しずつ離していくのだな」と感じます。
ここで追いすがってはいけないと自戒していると、家の中ではこれまでと何も変わらず甘えてくる息子がいて、「まだ大丈夫みたい」と胸をなでおろす日々です。
息子は時々そんな私の気持ちを見透かすように、「ママ、あと1年だね。僕との毎日のドライブも、最後の1年なんだよ。」などと言ってくるのです。
娘を学童に迎えに行く途中で「あと1年なんだから、手を繋ごうよ」とか、車の中で「これも思い出になるんだねぇ」とか。
そう、この送迎生活も残すところあと10か月を切りました。
終わった時に泣かなくていいように、毎日の送迎時間を楽しみ切りたいと思います。