九九表をお風呂に貼って、習いたてのかけ算に燃えている娘と、その娘にスパルタ教育されている息子と、早く帰宅した夫が3人でお風呂に入っていたある夜。

洗濯の準備をしようと脱衣所に入ったところ、お風呂の中から何やら楽しそうな会話が聞こえてきます。
「おじさん×おじさん=おとうさん!」
「おとうさん×おとうさん=おじさん!」
(3人とも大爆笑)
しばらくして夫の
「わー! お母さんに言ってやろ~!」に対して
「キャー! やめて!」と焦った様子の息子。
…何て言ってたのか、何となく想像つくぞ~。
門前の小僧 習わぬ経を読む
ところで、娘がかけ算九九を学校で習った際、クラスのお友達から「九九の歌」の存在を知らされたらしく、その曲を聴いてみたいとリクエストされました。
私もどんな曲なのか知りたいと思ったので、早速「九九の歌」で検索して、色々ある中の一曲をとりあえず聴いてみました。
最初の感想は、「ただ、九九を音楽に乗せて暗唱している感じ」でした。
学校で九九を覚える時は、お経を唱えるようにひたすら読み上げていくのがスタンダード。
そこにリズムが加わっても、結局は数字を覚えないと歌えないし、リズムに乗せたからといって特別覚えやすいこともないように感じました。
ところが!
この曲を気に入った息子が、その後数日間、保育園の送迎時に車の中でリクエストするようになり、何度か聴きながら通園しました。
すると、あら不思議。
リズムに合わせてさらさらと九九の歌を歌うようになったのです。
もちろん、息子はまだかけ算を理解していないし、文章問題を解くこともできません。
しかし、歌の歌詞として、九九を暗唱することはできるようになりました。
音楽の力って、すごい!
そういえば私も中学生の頃、中国の歴代王朝名を順に覚える際に、「もしもし亀よ、亀さんよ~」の曲に合わせて歌いながら覚えたことを思い出しました。
確かに、ただ国名を並べてリズムに乗せて歌うだけなのに、覚えることができたものです。
それと似ています。
娘に「くろく?」と聞かれて「ごじゅうし!」、「しちしち?」と聞かれて「しじゅうく!」と息子が答えるやりとりはなかなかシュールで、実家の母が「『門前の小僧 習わぬ経を読む』とはこのことだねぇ…」としみじみつぶやいていました。
ここにきて、ことわざ。
毎晩読み聞かせをしている、ルドルフとイッパイアッテナシリーズの『ルドルフとスノーホワイト』や『ルドルフとのらねこブッチー』の中で、ルドルフが拾った「ポケット版ことわざ辞典」に載っていることわざがたくさん登場するのですが、このことわざはまだ出てきていません。
母がルドルフに見えて心の中で笑ってしまいました。
お互いを癒しあう、きょうだいの時間
ふたり目以降の子どもというのは、上のきょうだいがしていることを無意識に見たり聞いたりしているので、生活習慣や勉強なども、教え込まれるというよりは、自然に身につけているように感じます。
その様子をそばで見ることができて、大変興味深く、幸せに感じます。
先日は、帰宅するなり「今日は取り替えっこでやってみよう」と話がまとまったようで、娘が息子の、息子が娘の明日の準備をしていました。何とも微笑ましい。
娘は息子のリュックから洗濯物を取り出して洗濯かごへ入れ、お弁当箱をシンクに、健康観察カードを所定の場所へ持って行きます。
息子は娘のランドセルから給食セットを取り出して、同じく洗濯かごやシンクへ。翌日の給食ナプキンの柄やお箸を選んであげて、連絡帳と健康観察カードは所定の位置へ。そして、鉛筆削りを持ってきて筆箱の鉛筆をごりごり研ぎます。
「じゃ、あとは音読だね。ぼくが読むよ。」と教科書を取り出したところで、そこは娘に阻止されていました。それでも読みたがる息子に、娘は漢字を教えてあげながら一緒に読ませてあげていました。
これまでも、娘の音読の最中に息子が合いの手を入れたり、毎日聞いて覚えてしまった詩を娘の音読に合わせて一緒に朗読したり、教科書に載っている物語を娘に読み聞かせしてもらったりしていました。
帰宅後のこのきょうだいの時間は、一日を終えてほっと一息つける、癒しの時間になっているに違いないし、それを見ながら夕食を作る私にとって幸せなひとときであることは言うまでもありません。
娘のランドセルを借りて背負って、「ぼく、こんなに重いランドセル、背負っていけるかなぁ?」とちょっと嬉しそうに歩く息子は、もうすぐ自分のランドセルを準備する季節となりました。
娘のランドセルを選びに行ったのが、ついこの間のような気がします。
さて、彼は何色のランドセルを選ぶのでしょうか。




